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【オクシズ縁劇祭情報②】新作朗読劇「小林作兵衛」―義元討ち死の知らせを駿府に伝えた男―

「オクシズ縁劇祭」では昨年に引き続き、

オクシズに伝わる民話を題材にした舞台を上演します。

縁劇祭チラシ(表).jpg

   

昨年も上演した朗読劇「沼のばあさん」「狼峠」

昔ばなしシアター「木枯らしの森」「てしゃまんくと浅間さんの石鳥居」

今年はさらに1本の新作が上演される予定です。

「小林作兵衛」

25,000あるいは45,000人ともいわれる大軍を率いていたにもかかわらず、

織田信長の軍勢に敗れ、あえない最期をとげた今川義元。

小林作兵衛 桶狭間の織田信長、今川義元像 (1) (1024x678).jpg

その知らせをいち早く駿府に伝えたとされる人物がいます。

それが小林作兵衛です。

藁科川上流の清沢地区。

その中でも、とくに山深い場所に峰山という集落があります。

小林作兵衛 峰山 (1024x678).jpg

その峰山に、次のような伝承が残されています。

 峰山の集落を開いた小林作兵衛は、今川義元の家臣だった。

 永禄3年(1560)5月19日、織田信長との戦いで義元が討死すると、

 作兵衛は東海道を馳せくだり、

 駿府にいた嫡男今川氏真にその一報を知らせた。

 その後、甲斐武田氏に命を狙われたため、

 藁科川を登って峰山にひそみ、

 今川氏再興の機会をうかがっていたが、ついに病死してしまった。

峰山には、今もその末裔の家があって、小林作兵衛の墓も残されています。

小林作兵衛の墓 (1024x659).jpg

この伝承を裏付ける資料は見つかっておらず、あくまで言い伝えなのですが、

峰山という集落の開発伝承に桶狭間の戦いが結びついていて、

今も、そのお墓が大切に守られている。

徳川家康の伝承に隠れて、このような戦国大名今川氏にまつわる言い伝えが

オクシズに残されています。

 今川義元生誕500年にふさわしい作品。

 縁劇祭では、この小林作兵衛の物語と、

地元で伝承している清沢神楽「鬼の舞」が共演する予定です。

表 写真1 (1024x682).jpg

 お楽しみに!