移住者さんの生活記録

春の肥料かけを終えて

オマチではそろそろ、ソメイヨシノが咲きはじめましたね。

大川地区では、ヤマザクラはまだですが、そろそろ木の芽が動き始める季節に入りました。お茶農家さん達も、春の肥料かけと「ならし」作業を終えて、やれやれ...とお彼岸をご先祖さまと一緒に過ごしているようです。おはぎ、きなこもちをお裾分けいただきました。

 

「ならし」は、新芽が伸びてくる前に、冬の間にいたんだ葉をおとしておく作業です。新茶がきれいに仕上がるそうです。具体的には、お茶の木を一畝ずつ、なでるように丁寧に、茶刈り機をかけていきます。また、肥料かけも軽い作業ではありません。足場のわるい斜面を、20キロの肥料袋をかかえて登ります。肩掛けバケツなどで畝間を歩きながら、かけていきます。しかもそれでおしまいではなくて、また畝間をもう一回りしながら、クワなどで軽く耕しながら土と合わせていきます。

 

その作業をしながら、イノシシにあけられた穴を直したり、伸び始めた草を抜いたりもします。

山際の斜面では、風の吹いたあとなど、落ち葉をのけてあげるだけでも一仕事です。それでも、お日様がよく当たるように、よく育つようにとていねいにのけていきます。

 

マツの葉をとり、コナラの葉をとり、畝間の土と肥料や、刈りおとした茶の葉と合わせて、さくさくとクワを進めました。秋に敷き詰めたワラやカヤは、もう土に還ろうとしていました。そうやって開拓以来、ひいおじいちゃんもおばあちゃんも、何百回何千回と畝間を歩いてきたんだろうなと考えました。そうやって育ってきた土なんだなと思いました。

平地の広いところで、機械でできる茶畑とは違う、山間部のお茶の味は、そうやって生まれるんだと思います。多様な葉っぱが年月をかさねて、山の水や空気に触れて育つ土と、お茶農家さんの足音をきいて育つ茶の木なんだなあと、腰を伸ばして考えました。

 

冷涼な山間高地でそだつお茶は、新茶の時期が遅いというだけで、なかなか良い値がつきにくいとききます。時期のはしりのものに注目があつまるのは仕方のないことですが、やはり遅いには遅いの理由もあり、魅力もあると、この春は土をさわって感じています。

 

 

 

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大川小学校ホームページでは、日頃の子どもたちの活動が詳しく掲載されています。

湯ノ島―馬込を歩く

 

 

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思い立って、昔よく人がかよっていたという山の道を歩いてみた。温泉のある 湯ノ島集落の、玄国堂の上の方から、開拓地の馬込へ抜ける山道だ。

 

今の70代半ばぐらいから上の世代は、想像もつかないほど体を使った仕事をしてきていると、話をお聞きするたびに思う。実によく歩いているので、山の地形や方向の感覚がとても優れている。それに対して、車で道路をたどっているだけの私は、土地の位置関係がまったくわからない。地図を見てあらためて、峠ひとつ向こうがこの集落だったのか!と気づかされることがある。

だから、たまには自分の体で確かめてもみたかったのだ。

 

湯ノ島から馬込へも、歩いて1時間もかからないと聞いていた。一番上の家で、茶畑を横切らせてもらえるようお願いすると、「さて、雑木になってホツ()に上がるところが、初めてで分かるかどうか...」と首をかしげられた。そして、登っていく私をいつまでも見上げていてくださった。

 

暗い林が続くようならどうしようと思っていたが、杉ヒノキはよく手入れされていて歩きやすかった。途中で森林組合の人にも出会った。ケモノの気配はしたけれど、姿をみたのはカモシカ一頭だけだった。ややおどろおどろしい箇所もあったが、冬の雑木林は開けて、気持ちがいい。案外あっさりと、鉄塔の管理道まで上がることができた。

 

展望のきく場所まではと、歩き続けると、楢尾や崩野の集落が見渡せる尾根上に出た。ああこうつながっているんだなと、やっとわかった。そうしてたどりついた馬込は、いつもよりも静かなように感じた。

 

あとできいてみると、やはり昔の通い道と、現在の鉄塔の管理道(尾根道)とは違っていたようだ。昔はもっと「横ばらいに」(トラバース気味に)道がついていたらしい。そして、荷物なしで行き来するということはなく、いつも何かしらの荷を背負っていたという。「にんぼう」(T字型の杖。荷を背負ったまま、立って休むことができる)をついて。雨の日は肥料をかついで。そうやって通った道が、山間部のあちらこちらで、埋もれようとしているのだと思う。

値段のつけられないもの

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このごろつくづくと思うことですが、いただきものをしたときに、「ああ、これは値段がつけられないような、貴重なものをいただいたなあ」と感じることが多いです。

使い込んだ鉈(ナタ)を一丁、「こういうのは持っておくとよい」といただいたり。

何年も自家栽培してきた サトイモの種イモを分けていただいたり。

何年も囲炉裏の上で乾かしてきただろう竹(→すすたけ)で細工した、飾り物をいただいたり。

「さっきやっとさばいたところだけど、もっていく?」と、イノシシの肉をいただいたり。

お手伝いしたお礼にと、炭がまで焼いた樫炭をいただいたり。

この人形の着物は、おしゅうとめさんの着物をほどいて縫ったものだそうです。「明治時代のめりんすだけどな」と、何でもなさそうに言われてびっくりしました。帯は畳のへりを再利用しているそうです。

別の方からは、亡くなったご主人と一緒に写した、たった一枚の写真を見せて頂きました。長男の誕生記念に、街の写真館で撮ったものだそうです。「3人の写真は縁起が悪いから」と、長男と人形をかかえたその人は、とても美しかったです。

たとえばゴマを一握り。スーパーで買えば100円もしません。でも、そのおばあちゃんがそこの畑で、毎年種をとって栽培し、天気を気にしながら日に干して、一粒一粒大事にあつめて水洗いして...という苦労を背後に(身をもって)思い浮かべられると、「ああ、値段がつけられない」とため息が出ます。

これは、この土地に3年間住んでこそ、得られた人間関係と、実感だなあと、ありがたく感じます。

お茶どころ 大川地区では、春のイベントとして「奥藁科大川お茶祭り」が、4月7日に開催されます。詳しくは奥藁科ウェブの会ホームページ↓↓をごらんください。ちょうど山桜の美しい季節となると思います。ぜひお運びください。

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