移住者さんの生活記録

2013.2.23大川っ子くらぶ活動「楢尾おとな学校さんと交流しよう」

大川支援員記事さい2月の子ども会は、楢尾集落のみなさんと合同で活動させていただきました。

楢尾は大川小中学校のある日向から、車で15分程度。民生委員さんが中心となって、月一回『楢尾おとな学校』さんの集まりを続けていらっしゃいます。今回でもう24回目となるそうです。

おりしも前夜は厳しい冷え込みで、凍結気味の山道をそろそろと登りました。道々「わっ、雪が残ってる」「クリスマスツリーみたい!」と興奮気味だった子どもたちは、楢尾小学校跡では校庭の雪めがけて一直線!しばらくは雪遊びに興じました。

 

校舎内を探検したあと、海前寺境内にある公会堂に移動しました。10名ほどのみなさんが、ストーブを囲んであたたかく迎えて下さいました。心づくしのお汁粉、実においしかったです(*^_^*)

 

その夜、娘がこんなことを言い出しました。

「月一回、ああやって顔を合わせて話ができるって、とっても意味があることなんだっていうことが、よくわかった。行って、話ができてよかった。」

娘と話しながら、ぽろぽろと涙を流された方がいらしたそうです。そのときは分からず、うろたえながらも、感じるところがあったようでした。

この春中学校に上がる娘は、反抗期の入り口をくぐり始めていますが(^^ゞ子ども会の活動をとおして、そんなことを言い出すとは思ってもみず、地域に育てられているなあと感じます。生徒会活動でも力になれることがあるかもしれないねと、話しました。

 

平成五年に休校となった楢尾小学校からは、谷をへだてて崩野集落が広く見渡せます。稜線をたどると智者山、天狗石岳、藁科川のみなもとである七ツ峰と眺望がきき、すばらしい場所です。(3月の子ども会では、七ッ峰登山に挑戦します。)

 

楢尾集落は、動物伝承民話あ石仏伝説あ、山里の魅力に満ちた場所です。そして何より、人の魅力。はじめて訪ねたときに、道を尋ねた方が、見ず知らずの私たちに「よく来なさったなぁ」と向けてくださった笑顔が忘れられません。湯ノ島温泉へおこしの際は、チョット足を延ばして訪れてみてください。

 

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日向の七草祭り2013...鳴り物役として参加!の巻

前記事の最後にも書きましたが、今年の七草祭りでは、夫が横笛の楽人として、お声をかけていただけました。夫、感無量です<(_ _)>

鳴り物.jpg

祭り前には何度か、舞役とともに集会所で練習の会があったのですが、家でも事あるごとに、ボイスレコーダーをぶらさげてウロウロ...時間を見つけては稽古に励んでいました。

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当日ははじめての水垢離(みずごり...みそぎ)にも参加しました。白ふんどし(子どもは水着)姿でのみそぎは、覚悟以上の冷たさだったようです。舞役の友人に引き倒されて、頭までずぶぬれになっていましたが...

しんしんと冷え込む夜祭りでの演奏も、かじかむ手を火鉢で温めながら、どうか音がとぎれないようにと必死だったとか。

ただ、去年よりも、より内側で関わらせていただけたことで、腑に落ちたことがあるそうです。祭りという言葉のもつ、今風のイメージとはちがって、この七草祭りは神様に対して見せているのだ、献じているのだということ。型や手順を大事にしながら受け継いでいくことに主眼があるのだなあと。そういうことが、見物の側に立っていた これまでよりも、よくわかったと言っていました。

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七草がおわれば、やがて春です。大川地区では、そろそろ梅がほころびはじめています。

早春の大川地区に、ぜひ遊びに来て下さい。

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日向の七草祭り2013...組長として参加!の巻

 

昼間の福田寺.jpg

 

 

 

 

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2月16日(旧暦1月7日)、日向集落で七草祭りがおこなわれました。

我が家は今年、組長を務めているので、夫は組長会議等の場で、町内の緊張感がだんだんと高まってくるのを、肌で感じることが出来たようです。

「町内を挙げて」と一口で言ってしまえば、それまでですが、いろいろな組織や立場から、祭りの準備が進められているのが、今年はよくわかりました。町内会長を最高責任者として、補佐する組長の組織。順番にまわってくる祭り当番は8件。その中で頭屋(とうや)があり、前日の大日待の料理や餅などは、すべてここで準備されているらしい。準備や片づけの当番もあり、日行事も関わる。祭務委員、出店をたてる組織...などなど。まさに、町内の総力戦と言えましょう。

 

組長の仕事は、会場の設営や当日の運営、お守りの配布など多岐にわたります。男性中心の祭りでもあり、ほとんど夫に任せていたのですが、翌日の会場片付けと、「おりびらき」といわれる反省会の宴席に参加しました。

毎年「忽然とあらわれる」ように感じていた、6畳ほどの舞台が、たくみに材木を組み合わせてしつらえられていたことを初めて知りました。老いも若きも、献じものやちょうちんの片づけ、幕をたたんだり幟を下ろしたりと、それぞれに働きました。

おりびらきでは、村の一大行事を終えた安心感からでしょう、みなさん陽気にねぎらい合い、笑い合いました。高齢の祖父に代わって片づけに奮闘した高校生が、「これからも、できることを何でも協力します」と挨拶して、大きな拍手を浴びていました。

 

 

 

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さて、我が家の一大事としては、夫が楽人(鳴り物役)として祭りへの参加を認められたことです。本来は日向で生まれ育った男子のお祭り...感無量です<(_ _)>

そのことは、次の記事で書きたいと思います。

 

 

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石臼できなこを挽きました

石臼を使ってみたいと言ったら、「よくまあ、やってみたいもんだ」と笑いながらも、Hさんが準備しておいてくださいました。昨年秋に採れた大豆を炒って、きなこを作ってみることに。

よく干しておいたみかんの皮と、柿の皮をまぜると、香りと色がよくなる。また、小麦も混ぜるとよく挽ける。と教わりました。

 

 

 

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敷き物はゴザよりも、むしろのほうが滑らないとのこと。その上に紙をしいて、石臼を据えました。

ゆっくりと左回しに回しながら、空いた方の手でちょっと臼を支えたり、上面をなでるようにして豆を落とす、Hさんの手つきには、体に染みついた年季の味が感じられます。

自分でやってみると、腕で回すというよりも、まさに腹をしっかりと据えて、体でまわす感覚です。これはぜひ、子どもとやってみたい!と感じました。

 

単純なようですが、石臼がまわるときの音にも高低があり、取っ手に伝わる感覚もいろいろで、調子よく挽けているかどうかがダイレクトに伝わってくるようでした。

後日、石臼をたらいに入れて、「とっぱり棒」(つっぱり棒)を2本かませて固定する方法を教わりました。これまた、やってみれば明快だが、説明をきいただけでは分からない、知恵を感じました。

 

できあがったきな粉はじつに香り高いです。明日の朝、キビもちにかけていただこうと思います(^-^)

こんどは小学校の資料室でみつけた石臼で、何かこどもたちと行事をしてみたいなあ。。。それに、石臼挽きの蕎麦粉で打ってみたいかたも多いことと思います。山のおばあちゃんのあったかさを感じていただける、よい機会になりそうだと思いました。

 

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籾殻燻炭(もみがらくんたん)に初挑戦しました

 

  籾殻燻炭.jpg

 

 

 もみがらは、こちらでは「すくも」とも呼ばれているそうです。イモ類やしょうがの保存に重宝ですが、これを燻炭にすると、土壌改良材や育苗用に重宝するらしいと知りました。のんびりと数時間かけて手作りする山の知恵仕事...やってみたい!

 

 ヤル気ばかりで何もない私に、籾殻も広い畑も、燻炭器も貸してくれたのはNさんです<(_ _)>

 

 説明書通りに、畑のまんなかで焚火を起こして、じょうごを逆さにしたようなエントツを立てます。

 

 周囲にもみがらを厚くかぶせて、時を待ちます。初めてなので気になって、何度も切り返しました。

 

 時々ぱちぱちと、ごまがはじけるような音を立てながら、もみがらの山はゆっくりと黒くなっていきました。

 

 出来上がった燻炭は、畑いっぱいに広げました。煙と、炭のにおいとが、カモシカ除けになって畑を守ってくれるといいなあ~~。

 

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