移住者さんの生活記録

取材へのご協力ありがとうございました

先週の3日間、静岡朝日テレビさんの取材をお受けしました。

内容は、中山間地振興政策で移住して一年たった家族が、どのように過ごしているのか・・・というものでした。学校での授業風景や、PTAのバルーンバレー大会の様子にもカメラが入りました。

町内会長さんをはじめ、地域のみなさん、PTAのみなさん、学校の先生方、ご協力いただいてどうもありがとうございました。

放映は5月30日の夕方でした。仕事で見られなかったので、翌日録画したものを見たのですが、みなさん実に好意的なコメントをいただいて・・・恐縮です。ふだんは正面切って、「私たち越してきましたが、どう受け止めておいでですかっ!?」などとお聞きする機会はないので、テレビを見ながら ありがたいなあ、ありがたいなあ・・・と頭を下げてしまいました・・・。

それに、今回取材していただいたディレクターさんはとても心配りの効いた方でした。ていねいに下調べされてきたことが伝わってきましたし、だからこそ、表面的な話ではなく、つっこんで話せました。

放映された15分間は、子どもたち一人一人の表情にいたるまで、気を遣って編集しているなあと感じました。実際にご本人が感じた大川地区の良さを、じゅうぶんに表現していただけたんじゃないかなと思えます。

「また大川地区の行事や、地域振興の取り組みを紹介していただければ・・・」と言ったら「ぜひ来ます(^-^)」と言っていただけてうれしかったです。

越して来た当初から少し過ぎて、やや慣れてきたころに、地域の方から「3年たったらどうするの」と、よく訊かれました。

そして先日は、さらっと「でもさ、ずーっといるんだよね。そう思ってるからさあ」と言っていただけました。そういうことが、一年間過ごして来たということなんだなあと、とてもうれしく感じています。

 

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大川小学校のホームページ「大川っ子アルバム」のページに、放映にもあった 新茶を飲む会のようすが掲載されています。ぜひご覧ください。

本山茶『大川への想い』の販売による被災地支援

大川地区では、3月11日の東日本大震災で大きな被害を受けた 「石巻市大川小学校」地区を継続的に支援したいという気運が高まっています。

そこで、大川地域の茶農家の皆さんから荒茶の提供を募り、再生加工してパッケージングし、『大川への想い』と名付けて販売し、売上金を支援金として宮城県石巻市立大川小学校関係者へ送るプロジェクトを進めています。「大川への想い」実行委員会、大川小保護者有志会が主体となっています。

 

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お電話をいただいて取りにうかがったり、この繁忙期にわざわざ届けてくださる方がいたりで、みなさんのご厚意を感じる日々です。我が家におかせて頂いている茶箱も、だんだんと一杯になってきました(^-^)

これから再生加工して、販売して・・・と、たいへんな作業が続くと思いますが、まずは支援のために、みずから動こうとしている仲間たちの熱い想いと、その想いの広がりを感じています。今後の動向は随時、こちらでも報告していきたいと思っています。販売で協力できるという方、購入してみたいと興味を持っていただける方がいらしたら嬉しいです。

「大川への想い」実行委員会の詳細については、こちらのページをご覧ください。

 

 

一本杉峠に登る

現代に暮らす私たちはつい、車の通る道で位置関係を測ってしまいがちですが、地図を見てみたら意外にも近かった・・・という場所がたくさんあります。

大川地区の栃沢と足久保も峠ひとつでつながっているし、坂ノ上集落はもともと、清沢地区の坂本からひじうち峠を越えてきたところにあるから、「坂本の上」という意味で、その名があると聞きました。昔は川根から日向に、山を越えて買い物にきたものだ・・・などという話も。

林道で分断されてしまったけれど、昔から人が歩いてつながってきた道は、山の中を碁盤目状に結んでいたようですね。

 

大川地区の諸子沢と、玉川の横沢の中間点にある一本杉峠。その大杉を見てみたくて、家族で遠足にいくことにしました。

 

車を諸子沢の大同島の行き止まりに止めて、よく手入れされた林を登っていきました。途中「頼朝石」(刀の切りあとがついています。詳しくはこちらの記事を)を通り、沢で水を飲みながら歩くことほぼ1時間。峠の大木は、予想通りの迫力で迎えてくれました。

 

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残念ながら、周囲の木がのびていて見通しはききません。あとで地元の方に伺った話では、数十年前に木を切り出したばかりのころには、井川までずっとみわたせたとか。

峠は四辻になっていて、石の道標がありました。大杉は根元に「山神社」と書かれた石碑(大正年間の日付がありました)を抱き込んだまま成長していました。

枝打ちしないで育った杉は、こんな枝ぶりになるんだなあと驚きました。

 

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かつては重要な生活道路だったことでしょう。「休みの日には50人からの人が連なって、横沢から山を越えてきたもんだ」といいます。周りの木々は変わっても、峠の杉は「おらん小さいころから変わらんなあ。ああいう木は、かわらん」だそうです。

 

横沢側にも少し降りてみると、水源をまつってあるらしい祠がありました。そちら側の急坂からながめると、峠の杉はまた、よい目標だったんだろうなと往時に思いをはせました。

 

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山を越えて友人や恋人に会いに来たり、お嫁に来たり、里帰りしたりしたことでしょう。峠まで送ったり送られたりもあったんだろうなと、いろいろと想像しながら帰途につきました。

次回は横沢までの道を確認してみたいな!山慣れた方なら横沢―諸子沢を1時間で行けるそうですが。健脚ぶりがしのばれます。

 

 

ちなみに先ほどの「頼朝石」ですが、検索してみると全国各地(特に伊豆)に、頼朝公の座った石・試し切りの石・兄弟対面石などが祀られているようですね。なのに大川ではヒッソリと林に埋もれている・・・素朴で大川らしいといえるかもしれませんが、もったいないなという思いも。興味のある方は、ぜひ足を運んでみてください。

奥藁科地区の見どころは、「奥藁科ウェブ」のページをごらんください。

八草訪問

連休最終日、家族で八草集落に行ってきました。

八草は日向集落から車で20~30分、今は誰も住んでおられない集落です。かつては川根方面との交流でにぎわっていたようで、昔話も語りつがれており、夫は集落の神社跡を見つけたいと言っていました。

鄙びた廃村のイメージを勝手に持っていたのですが、きっと経緯のある方がおとずれているのでしょう。家々は荒れ果てておらずお墓の手入れもされていて、シキミが活けられていました。あとからお聞きしたところによると、移り住んだもののお茶はつづけているお宅もあるということです。

 

 

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地図から見当をつけて「このあたりだと思うんだけど」と丘をあがっても、徒長した杉の木が並んでいるばかり。

そのとき、あれ~きっとこっちだなと不意に感じて左方向に向かいました。

 

杉の間を進むと、その先に数段の石段の跡があり、周囲と明らかに違う大きな杉の木数本と、落雷のあとのような枯れ木が3本。夫たちが来るのを待って4人で眺めると、深い杉木立に不意に日が差し始めました。不思議だったな~。

低木を掻き分けて登ると、そこに礎石のあとを見つけました。

 

八軒が寄り添って村を作っていたから、それが地名になったのだと、村の方からお聞きしていました。家々を結ぶ道は、しっかりと整備されていました。荷車も通れないようなその場所に、家を建て茶畑を開いたこと自体に驚かされます。そこを往時村人が行き来し、子供を生み育て、その子供たちは連れ立って崩野まで歩き、谷を下り上って楢尾小学校まで通っていたかと想像すると、実に勤勉だったのだなあと頭が下がります。

 

もっとも奥に位置する家は、うしろに広大な茶畑を背負い、そのまた向こうにゆたかな雑木の森が広がっていました。新緑の萌黄色が、美しいグラデーションを描いていました。

夫が写真を撮ってくれたのですが、その美しい色は出なかったとのこと。本当に美しいものは形に残らないんだなあ。

 

次回は八草か崩野から、智者山神社に向かって歩いてみようと話しています。

 

関連した記事はコチラをごらんください。

大川地区の各集落の紹介などは、「奥藁科ウェブの会」のホームページをごらんください。

 

手揉み茶

新茶の季節ですね。お茶農家さんで品評会に出品するお茶を揉むという情報をいただいて、見学させていただくことにしました。

 

二台ならんだホイロには、摘み取って蒸されたばかりの茶葉が広げられていました。貴重なお茶なのに、ずぶの素人の私たちに「手洗ってきたら触ってごらん」とさそっていただいた、その肝の太さ・・・。

 

お茶揉み名人の方々との新たな出会いもありました。手慣れた、あたたかみのある手に揉まれると「お茶が気持ちよさそう」というSさんの言葉にうなずきました。手技(てわざ)そのものも、次第に姿をかえていくお茶も、どの工程においても美しかったです。

 

数時間後にやっと仕上げの段階に入ったころ、Mさんのお母さんが茶工場に入ってみえました。「そろそろ出来たかい」

みんなで、ホイロの周りに並んでお茶をながめました。「きれいだねえ」「きれいですねえ」「本当にきれいだ」と、うっとり眺める手揉み茶。一本一本がすらりと器量よしで、しかも揉み手の個性が現れている。お茶は古来、純粋な手技なんだなあと、改めて嘆じました。

Mさん、みなさん、ありがとうございました(^-^)

 

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娘たちは、庭のチャボ小屋に7羽もヒヨコがいるのをみつけて大騒ぎしていました。かわいい!と離れません。「もう少しおおきくなったらあげるよ」と言われたことは、まだナイショです、我が家の鶏小屋を増築せねば...。