移住者さんの生活記録

3年間ありがとうございました

 

 

 

untitled.bmp

 

大川地区は、例年よりも早い春をむかえています。

ヤマザクラは早くも盛りとなって、来週の「大川お茶祭り」までもつかどうか心配です。

山菜はこれからがシーズンですが、先日もう、まるまると美味しそうなワラビ、ゼンマイを見つけました。

 

我が家でもこの春、子どもが無事小学校を卒業できました。こちらの中学で引き続きお世話になることを、周りの方々からも喜んでいただいています。

親として正直にいえば、全校が10人に満たない中学に子どもを進ませることに、葛藤もありました。家族全員で望んだ移住とはいえ、子どもの年齢が上がってくるにしたがって迷いも出てきました。もしも「どうしてもマチの学校で、この部活に入りたい」と言い出したらどうしよう。親としては子どもの意志を第一にして応援してやりたいが、面目は立たないな。なんていうことも考えました。

 

でも、小中合同でのPTA活動を通して 中学校の先生方との面識も増えて、本音のやりとりもでき、とくに校長先生が、ここでの小規模教育に絶対の信頼をおいていることがわかりました。メリット、デメリットはもちろんあるけれども、大川中学校ならではの教育を受けていく娘の成長が、今はとても楽しみです。何より娘自身が、中学校生活を前向きに、楽しみにしていることがうれしいです。

 

住民の数も、子どもの数も、先細りが数字としてみえていますが・・・

25年度は大川地区の振興協議会でも、移住促進を大きなテーマとして活動していくことが決まっています。若い世代の方(含む・移住希望者)にむけて、大川地区の自然や、移住情報をアピールして、年4回の行事も組みます。お茶摘みや川遊び、きこり体験などを計画中です。

私たち家族もスタッフとして、参加するつもりです。移住の成功事例になれるよう(^-^)今後もここで、生きていきます。

 

3年間、移住者として市のホームページに日々の記録を書く機会をいただきました。

今後このブログがどうなっていくかは、中山間地振興課さんからの指示を待っていますが、たぶんここで一旦、私は更新終了となると思います。

新参者の視点から、山里暮らしの魅力をアピールするという目的がありましたが、大役でした。それでも楽しみにしているヨという声がうれしかったです。つたない文章を読んでいただいてありがとうございました。

今後もオクシズから読める形にしていただけるそうなので、大川地区に限らず、山里暮らしに興味をもっている方々の、参考になればうれしいです。

 

これからは奥藁科ウェブホームページなどで、情報発信を続けていきます。オクシズホームページから、大川地区の情報を検索できるような形になれば嬉しいなと思っています。

 

さて、一週間後には大川お茶祭り。日向集落の春祭りも同じ日におこなわれ、娘が舞役、お父さんが楽人で参加します。

午後からは地元出身の佐藤愼哉さんのお花見ライブです。大川ご当地ソング「ひなたうた」「大川音頭」はCDになりました。バックコーラスは大川小学校のみんなです(詳しくは奥藁科ウェブをごらんください)。忙しい一日になりそうだ(^-^)

これからもここで、大川で、子どもたちと共に生きていけることを幸せに思っています。ありがとうございました。

春の肥料かけを終えて

オマチではそろそろ、ソメイヨシノが咲きはじめましたね。

大川地区では、ヤマザクラはまだですが、そろそろ木の芽が動き始める季節に入りました。お茶農家さん達も、春の肥料かけと「ならし」作業を終えて、やれやれ...とお彼岸をご先祖さまと一緒に過ごしているようです。おはぎ、きなこもちをお裾分けいただきました。

 

「ならし」は、新芽が伸びてくる前に、冬の間にいたんだ葉をおとしておく作業です。新茶がきれいに仕上がるそうです。具体的には、お茶の木を一畝ずつ、なでるように丁寧に、茶刈り機をかけていきます。また、肥料かけも軽い作業ではありません。足場のわるい斜面を、20キロの肥料袋をかかえて登ります。肩掛けバケツなどで畝間を歩きながら、かけていきます。しかもそれでおしまいではなくて、また畝間をもう一回りしながら、クワなどで軽く耕しながら土と合わせていきます。

 

その作業をしながら、イノシシにあけられた穴を直したり、伸び始めた草を抜いたりもします。

山際の斜面では、風の吹いたあとなど、落ち葉をのけてあげるだけでも一仕事です。それでも、お日様がよく当たるように、よく育つようにとていねいにのけていきます。

 

マツの葉をとり、コナラの葉をとり、畝間の土と肥料や、刈りおとした茶の葉と合わせて、さくさくとクワを進めました。秋に敷き詰めたワラやカヤは、もう土に還ろうとしていました。そうやって開拓以来、ひいおじいちゃんもおばあちゃんも、何百回何千回と畝間を歩いてきたんだろうなと考えました。そうやって育ってきた土なんだなと思いました。

平地の広いところで、機械でできる茶畑とは違う、山間部のお茶の味は、そうやって生まれるんだと思います。多様な葉っぱが年月をかさねて、山の水や空気に触れて育つ土と、お茶農家さんの足音をきいて育つ茶の木なんだなあと、腰を伸ばして考えました。

 

冷涼な山間高地でそだつお茶は、新茶の時期が遅いというだけで、なかなか良い値がつきにくいとききます。時期のはしりのものに注目があつまるのは仕方のないことですが、やはり遅いには遅いの理由もあり、魅力もあると、この春は土をさわって感じています。

 

 

 

P5054355.jpg 

 

奥藁科ウェブの会ホームページには、大川地区の情報がたくさん紹介されています。ブログページへのコメントもお待ちしています。

 

大川小学校ホームページでは、日頃の子どもたちの活動が詳しく掲載されています。

湯ノ島―馬込を歩く

 

 

P5054372.jpg

 

思い立って、昔よく人がかよっていたという山の道を歩いてみた。温泉のある 湯ノ島集落の、玄国堂の上の方から、開拓地の馬込へ抜ける山道だ。

 

今の70代半ばぐらいから上の世代は、想像もつかないほど体を使った仕事をしてきていると、話をお聞きするたびに思う。実によく歩いているので、山の地形や方向の感覚がとても優れている。それに対して、車で道路をたどっているだけの私は、土地の位置関係がまったくわからない。地図を見てあらためて、峠ひとつ向こうがこの集落だったのか!と気づかされることがある。

だから、たまには自分の体で確かめてもみたかったのだ。

 

湯ノ島から馬込へも、歩いて1時間もかからないと聞いていた。一番上の家で、茶畑を横切らせてもらえるようお願いすると、「さて、雑木になってホツ()に上がるところが、初めてで分かるかどうか...」と首をかしげられた。そして、登っていく私をいつまでも見上げていてくださった。

 

暗い林が続くようならどうしようと思っていたが、杉ヒノキはよく手入れされていて歩きやすかった。途中で森林組合の人にも出会った。ケモノの気配はしたけれど、姿をみたのはカモシカ一頭だけだった。ややおどろおどろしい箇所もあったが、冬の雑木林は開けて、気持ちがいい。案外あっさりと、鉄塔の管理道まで上がることができた。

 

展望のきく場所まではと、歩き続けると、楢尾や崩野の集落が見渡せる尾根上に出た。ああこうつながっているんだなと、やっとわかった。そうしてたどりついた馬込は、いつもよりも静かなように感じた。

 

あとできいてみると、やはり昔の通い道と、現在の鉄塔の管理道(尾根道)とは違っていたようだ。昔はもっと「横ばらいに」(トラバース気味に)道がついていたらしい。そして、荷物なしで行き来するということはなく、いつも何かしらの荷を背負っていたという。「にんぼう」(T字型の杖。荷を背負ったまま、立って休むことができる)をついて。雨の日は肥料をかついで。そうやって通った道が、山間部のあちらこちらで、埋もれようとしているのだと思う。

値段のつけられないもの

明治のめりんす.jpg

このごろつくづくと思うことですが、いただきものをしたときに、「ああ、これは値段がつけられないような、貴重なものをいただいたなあ」と感じることが多いです。

使い込んだ鉈(ナタ)を一丁、「こういうのは持っておくとよい」といただいたり。

何年も自家栽培してきた サトイモの種イモを分けていただいたり。

何年も囲炉裏の上で乾かしてきただろう竹(→すすたけ)で細工した、飾り物をいただいたり。

「さっきやっとさばいたところだけど、もっていく?」と、イノシシの肉をいただいたり。

お手伝いしたお礼にと、炭がまで焼いた樫炭をいただいたり。

この人形の着物は、おしゅうとめさんの着物をほどいて縫ったものだそうです。「明治時代のめりんすだけどな」と、何でもなさそうに言われてびっくりしました。帯は畳のへりを再利用しているそうです。

別の方からは、亡くなったご主人と一緒に写した、たった一枚の写真を見せて頂きました。長男の誕生記念に、街の写真館で撮ったものだそうです。「3人の写真は縁起が悪いから」と、長男と人形をかかえたその人は、とても美しかったです。

たとえばゴマを一握り。スーパーで買えば100円もしません。でも、そのおばあちゃんがそこの畑で、毎年種をとって栽培し、天気を気にしながら日に干して、一粒一粒大事にあつめて水洗いして...という苦労を背後に(身をもって)思い浮かべられると、「ああ、値段がつけられない」とため息が出ます。

これは、この土地に3年間住んでこそ、得られた人間関係と、実感だなあと、ありがたく感じます。

お茶どころ 大川地区では、春のイベントとして「奥藁科大川お茶祭り」が、4月7日に開催されます。詳しくは奥藁科ウェブの会ホームページ↓↓をごらんください。ちょうど山桜の美しい季節となると思います。ぜひお運びください。

奥藁科ウェブの会ホームページには、大川地区の情報がたくさん紹介されています。ブログページへのコメントもお待ちしています。

大川小学校ホームページでは、日頃の子どもたちの活動が詳しく掲載されています。

2013.2.23大川っ子くらぶ活動「楢尾おとな学校さんと交流しよう」

大川支援員記事さい2月の子ども会は、楢尾集落のみなさんと合同で活動させていただきました。

楢尾は大川小中学校のある日向から、車で15分程度。民生委員さんが中心となって、月一回『楢尾おとな学校』さんの集まりを続けていらっしゃいます。今回でもう24回目となるそうです。

おりしも前夜は厳しい冷え込みで、凍結気味の山道をそろそろと登りました。道々「わっ、雪が残ってる」「クリスマスツリーみたい!」と興奮気味だった子どもたちは、楢尾小学校跡では校庭の雪めがけて一直線!しばらくは雪遊びに興じました。

 

校舎内を探検したあと、海前寺境内にある公会堂に移動しました。10名ほどのみなさんが、ストーブを囲んであたたかく迎えて下さいました。心づくしのお汁粉、実においしかったです(*^_^*)

 

その夜、娘がこんなことを言い出しました。

「月一回、ああやって顔を合わせて話ができるって、とっても意味があることなんだっていうことが、よくわかった。行って、話ができてよかった。」

娘と話しながら、ぽろぽろと涙を流された方がいらしたそうです。そのときは分からず、うろたえながらも、感じるところがあったようでした。

この春中学校に上がる娘は、反抗期の入り口をくぐり始めていますが(^^ゞ子ども会の活動をとおして、そんなことを言い出すとは思ってもみず、地域に育てられているなあと感じます。生徒会活動でも力になれることがあるかもしれないねと、話しました。

 

平成五年に休校となった楢尾小学校からは、谷をへだてて崩野集落が広く見渡せます。稜線をたどると智者山、天狗石岳、藁科川のみなもとである七ツ峰と眺望がきき、すばらしい場所です。(3月の子ども会では、七ッ峰登山に挑戦します。)

 

楢尾集落は、動物伝承民話あ石仏伝説あ、山里の魅力に満ちた場所です。そして何より、人の魅力。はじめて訪ねたときに、道を尋ねた方が、見ず知らずの私たちに「よく来なさったなぁ」と向けてくださった笑顔が忘れられません。湯ノ島温泉へおこしの際は、チョット足を延ばして訪れてみてください。

 

奥藁科ウェブの会ホームページには、大川地区の情報がたくさん紹介されています。ブログページへのコメントもお待ちしています。

 

大川小学校ホームページでは、日頃の子どもたちの活動が詳しく掲載されています。